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東京地方裁判所 平成7年(ワ)3822号 判決 1998年3月25日

原告

相良由樹子

右訴訟代理人弁護士

大脇雅子

宮里邦雄

中島通子

中野麻美

黒岩容子

岡部玲子

古田典子

渡辺智子

菅沼友子

被告

学校法人高宮学園

右代表者理事

高宮行男

被告

学校法人東朋学園

右代表者理事

高宮英郎

被告両名訴訟代理人弁護士

坂本政三

高場一博

主文

一  被告学校法人東朋学園は、原告に対し、金一二六万二三〇〇円及び内金七七万四五〇〇円に対する平成六年一二月一六日から、内金四八万七八〇〇円に対する平成七年六月二九日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告学校法人東朋学園に対するその余の請求及び被告学校法人高宮学園に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告学校法人東朋学園に生じた費用を被告学校法人東朋学園の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告学校法人高宮学園に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  平成七年(ワ)第三八二二号事件(以下「甲事件」という。)

被告らは、原告に対し、各自金一九五万四五〇〇円及びこれに対する平成六年一二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  平成七年(ワ)第一五八七五号事件(以下「乙事件」という。)

被告らは、原告に対し、各自金一六三万七八〇〇円及びこれに対する平成七年六月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

被告らの給与規程においては、賞与の支給要件として支給対象期間の出勤率が九〇パーセント以上であることが必要とされており、また、被告らは、出勤率の算定にあたり、産後休業日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤日数に算入するとの取扱いをした。原告は、平成六年度年末賞与の支給対象期間に産後休業を、平成七年度夏期賞与の支給対象期間に勤務時間短縮措置による育児時間をそれぞれ取得したため、各支給対象期間における出勤率がいずれも九〇パーセントに達しなかった。右を理由として、被告らは、原告に対し、平成六年度年末賞与及び平成七年度夏期賞与を全く支給しなかった(以下「本件各取扱い」という。)。

本件は、本件各取扱いを不服とした原告が、被告らに対し、賃金請求として平成六年度年末賞与及び平成七年度夏期賞与等を請求し、選択的に、被告らの共同不法行為による損害賠償として右各賞与相当額等を請求した事案である(平成六年度年末賞与に関するものが甲事件であり、平成七年度夏期賞与に関するものが乙事件である。)。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 被告ら

被告学校法人高宮学園(以下「被告高宮学園」という。)及び同学校法人東朋学園(以下「被告東朋学園」という。)は、いずれも私立専修学校及び私立各種学校を設置することを目的とする学校法人であり、被告高宮学園は代々木ゼミナール原宿校等を、被告東朋学園は東朋ゼミナール代々木専修学校文化・教養一般課程等をそれぞれ設置・主催して大学受験指導等のいわゆる予備校に関連する業務を営んでおり、被告らは、株式会社日本入試センター等とともにいわゆる代々木ゼミナールグループを構成している。

(二) 原告

原告は、昭和六二年三月二日、被告東朋学園に期間の定めなく事務職として採用され、三回にわたり、被告高宮学園に出向となり、本件口頭弁論終結時には、被告高宮学園教科編集部数学編集部に勤務している。原告の被告らにおける職階は、平成六年一二月当時、書記二級であった。

なお、被告らには、労働組合として東京ユニオン・代々木ゼミナールグループ支部(以下「組合」という。)があり、原告はその副支部長である。

2  原告の産後休業及び勤務時間短縮措置による育児時間の取得

(一) 産後休業の取得

原告は、平成六年七月八日に男児を出産し、翌九日から同年九月二日までの間、産後休業を八週間取得した。

(二) 勤務時間短縮措置による育児時間(以下、単に「育児時間」ということがある。)の取得

原告は、同年九月三日、職場に復帰したが、右男児の育児のため、被告東朋学園の育児休職規程一三条に基づいて勤務時間の短縮を請求し、同年一〇月六日から右男児が一歳になる平成七年七月八日までの間、勤務時間内に一日について一時間一五分の育児時間を取得した。

3  被告東朋学園の就業規則等

(一) 被告東朋学園の職員就業規則(<証拠略>)には以下の規定がある。

(勤務時間の始期及び終期)

第二四条

1 職員の勤務時間はつぎのとおりとする。

始業時間 八時三〇分(始業とともに業務を開始しなければならない)

終業時間 一七時一五分(終業時刻まで業務をしなければならない)

所定労働時間は、休憩時間を除き原則として一日七時間四五分とし、一か月(当月一六日から翌月一五日まで)を平均し、一週四〇時間以内とする。

(2、3は省略)

(特別休暇の日数)

第四五条 職員がつぎの各号の一に該当するときは、特別休暇を受けることができる。

号 事項 休暇日数

1 本人が結婚するとき 五日

2 子女または兄弟が結婚するとき 二日

3 配偶者が出産したとき 五日

4  父母、配偶者及び子が死亡したとき 五日

5  祖父母、兄弟及び配偶者の祖父母が死亡したとき 三日

6  亡父母、亡夫妻、亡子の法要の場合 一日

7  職員が出産するとき 産前六週間産後八週間

8  生理日の就業が著しく困難なとき 就業が困難な期間

(以下省略)

(特別休暇中の賃金)

第四七条 第四五条一号から六号・八号の特別休暇については通常の賃金を支払い、第七号の特別休暇については無給とする。

第五〇条 職員の給与については、別に定めるところによる。

第七五条 育児休職については別に定める。

(二) 被告東朋学園の給与規程(<証拠略>)には以下の規定がある。

(賞与)

第一九条

1 学園は毎年、六月および一二月に学園の業績を考慮した上、職員(嘱託は除く)に対し勤務成績などに応じて賞与を支給することがある。

2 賞与の支給はつぎの各号とする。

<1> 六月の賞与は、前年一一月一六日からその年の五月一五日まで、また一二月の賞与は、その年の五月一六日から一一月一五日までの期間を対象とする。

<2> 前号の期間を満たした者であっても、支給日現在も継続して勤務し、将来とも勤務する意志を有すると認められる者で、かつ出勤率が九〇%以上の者に支給する(なお、以下では、右の「出勤率が九〇%以上の者」という要件を「本件九〇パーセント条項」という。後述の平成六年度回覧文書二項及び平成七年度回覧文書一項の同趣旨の規定も同様である。)。

<3> 支給日、支給の詳細については、その都度回覧にて知らせる。

(三) 被告東朋学園の出向規程(<証拠略>)には以下の規定がある。

(出向先の就業規則の適用)

第七条 出向者はその出向期間中、給与、賞与、退職および休職、懲戒(譴責を除く)ならびに福利厚生に関する規定を除き、出向先の就業規則、その他定められた諸規程に従うものとする。

(出向者の給与及び賞与)

第八条 学園は出向者に対し、出向先から提出される勤務実績に基づき給与および賞与を支給する。

(人事考課)

第九条 出向者の賞与、昇給、および昇格についての人事考課は学園が実施する定時期に出向先から勤務成績に関する人事考課の提出を受け、学園の基準に基づき学園が決定する。

(四) 被告東朋学園の育児休職規程(<証拠略>)には以下の規定がある。

(育児休職期間)

第五条

1 休職期間は子が満一歳の誕生日の前日までとする。

(2は省略)

(賃金)

第九条 育児休職中の賃金は支給しない(以下省略)。

(賞与)

第一一条 休職期間中の日数は欠勤として取り扱い減給とし、給与規程に準ずるものとする。

(勤務時間の短縮)

第一三条

1 満一歳に満たない子供を養育する社員が育児休職を申し出なく、勤務時間の短縮を申し出た場合には九時〇〇分から一六時三〇までの勤務とし、期間は第五条に定めるものとする。ただし、短縮した分の時間相当を給与から控除するものとする。また時間外勤務は課さない。

(2は省略)

(その他)

第一四条 その他の事項については、育児休業等に関する法律、労働基準法などの法律に準拠するものとする。

4 平成六年度年末賞与の不支給

(一) 被告らは、以下の内容の平成六年一一月二九日付け「平成六年度期末賞与の支給について」と題する文書(<証拠略>、以下「平成六年度回覧文書」という。)を被告らの従業員に回覧した。

〔一〕支給

平成六年度期末賞与を一二月一六日(金)に下記のとおり支給する。

〔二〕支給対象者

平成六年九月一五日以前に本採用になった職員で、平成六年一二月一七日(ママ)現在も継続して常勤の本採用職員(嘱託は除く)として勤務し、今後も引続き勤務する意志を有すると認められる者、および出勤率(出勤した日数÷出勤すべき日数)が九〇%以上の者。

〔三〕支給計算基準

A 平成四年九月一五日以前に本採用になった職員

(基本給×4.0)+職階手当+(家族手当×2)-(基本給÷20)×欠勤日数

(BないしDは省略)

職階手当

勤続三年以上の書記は一八万六六〇〇円

(他は省略)

(備考)

1 〔三〕のA・B・C・Dについての欠勤日数は、平成六年五月一六日より平成六年一一月一五日までの期間で算出する。

(2は省略)

3 遅刻、早退も欠勤日数に加算する。

4 就業規則第四五条・第七号、八号の特別休暇については欠勤日数に加算する(以下では、この規定を「平成六年度回覧文書除外規定」という。)。

(二) 平成六年度年末賞与の支給対象期間である平成六年五月一六日から同年一一月一五日までの期間において、出勤が義務づけられた日数は一二五日であって、右の支給要件によれば、一三日以上欠勤すれば、賞与は支給されないことになる。そして、八週間の産後休業を取得した場合は四〇日分が欠勤扱いされることになるから、自動的に支給対象から除外されることになる。

(三) 被告らは、平成六年一二月一六日の支給日に賞与の支給を行ったが、原告に対しては支給しなかった。その根拠は、産後休業を取得した原告は、支給対象期間の出勤率が六八パーセントになり、本件九〇パーセント条項を充足しないというところにあった。

5 平成七年度夏期賞与の不支給

(一) 被告らは、以下の内容の平成七年六月八日付け「平成七年度夏期賞与の支給について」と題する文書(<証拠略>、以下「平成七年度回覧文書」という。)を被告らの従業員に回覧した。

平成七年度夏期賞与を六月二九日(木)に下記のとおり支給する。

〔1〕支給対象者

平成七年五月一五日以前に本採用になった職員で、平成七年六月二九日現在も継続して常勤の本採用職員(嘱託は除く)として勤務し、今後も引続き勤務する意志を有すると認められる者、および出勤率(出勤した日数÷出勤すべき日数)が九〇%以上の者。

〔2〕支給計算基準

A 平成五年五月一五日以前に本採用になった職員

(基本給×3.0)+職階手当-(基本給÷20)×欠勤日数

(BないしDは省略)

職階手当

勤続三年以上の書記は五万五七〇〇円

(他は省略)

(備考)

1 〔2〕のA・B・C・Dについての欠勤日数は、平成六年一一月一六日より平成七年五月一五日までの期間で算出する。

(2は省略)

3 遅刻、早退は三回で欠勤一日とし、端数については二回は欠勤一日、一回は欠勤〇・五とする。

4 就業規則第四五条・第七号、八号の特別休暇については欠勤日数に加算する(以下では、この規定を「平成七年度回覧文書除外規定」といい、平成六年度回覧文書除外規定と併せて、「本件各除外規定」という。)。

5 育児休職規程第一三条の勤務時間の短縮を受けた場合には、短縮した分の総時間数を七時間四五分(七・七五)で除して欠勤日数に加算する。(ただし、〇・五未満の端数日については切り捨てる。)

(二) 平成七年度夏期賞与については、その支給対象期間は平成六年一一月一六日から平成七年五月一五日までであるが、勤務時間短縮措置による育児時間は七・七五時間を一日として欠勤扱いされ、一日について一時間一五分の育児時間を取得すると、一日当たり約一六パーセントの割合で欠勤している計算となるから、原告が取得したように、その支給対象期間中勤務時間短縮措置による育児時間を取得すれば、それだけで本件九〇パーセント条項により支給対象から除外されることになる。

(三) 被告らは、平成七年六月二九日の支給日に平成七年度夏期賞与の支給を行ったが、原告に対しては支給しなかった。その根拠は、育児時間を取得した原告は、本件九〇パーセント条項を充足しないというところにあった。

なお、原告には、平成七年度夏期賞与の支給対象期間において、取得した育児時間以外に欠勤として算定される事由は存しない。

二  争点

1  給与規程上、支給対象期間の出勤率が九〇パーセント以上であることを賞与の支給要件とし、右出勤率の算定にあたり、産後休業日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤日数に参入した結果、出勤率が九〇パーセントに満たないことを理由として賞与を支給しないこと(本件各取扱い)の適法性

(一) 就業規則(給与規程)違反の有無

(二) 権利行使の著しい抑制を理由とする公序違反の有無

(三) 女性差別を理由とする公序違反の有無

2  被告高宮学園の原告に対する賞与等支払義務の有無

3  債務不履行による損害賠償請求としての慰藉料及び弁護士費用請求の当否

4  不法行為による損害賠償請求としての慰藉料及び弁護士費用請求の当否

三  当事者の主張

1  原告の主張

(一) 賞与請求権の発生について

被告らは、原告が本件各賞与の支給基準を満たしてない以上、本件各賞与の具体的請求権を取得していないと主張するが、賞与について、いかなる支給基準を採用しても法的に許容されるというものではなく、当該支給基準が労働法規やその趣旨に反し、公序に反する場合にはその部分は無効となり、無効となった部分を除いた支給基準に基づいて賞与請求権が発生すると解すべきである。

(二) 本件各取扱いの違法

(1) 就業規則(給与規程)違反

本件各回覧文書は、就業規則(給与規程)を補充して賞与の支給基準を定める細目であるが、これらの内容が就業規則の趣旨及び内容に沿った合理的なものでなければ、従業員を拘束しない。

被告らの就業規則においては、就労義務のある「欠勤」と就労義務を免除された「休暇」とは明確に区別されていること及び賞与の支給要件として出勤率を考慮する目的は、従業員の欠勤を抑制して出勤の規律を維持することにあるから、本件九〇パーセント条項にいわゆる「出勤率九〇%以上の者」とは、正当な理由なく勤務を欠いた場合、すなわち、「欠勤」率が一〇パーセント未満の者を意味するものと解される。

産後休業は、就業規則四五条の「特別休暇」中に規定されており、特別休暇の取得は「欠勤」に当たらないと解されるし、また、産後休業及び勤務時間短縮措置による育児時間の取得は、いずれも法律上保障された権利行使であり、抑制され、あるいは、これに対し制裁を加えられるべきものではない。実質的に考えても、本件各回覧文書は、就業規則四五条の一号ないし六号については、産後休業と比較して保護の必要性が低い三号も含めて出勤扱いしているところ、保護の必要性がより高い産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いすることには合理性がない。

したがって、産後休業や育児時間は、就業規則にいう「欠勤」に該当せず、本件各回覧文書にいう「出勤すべき日数」に含まれないと解すべきである。

以上の諸点に照らすと、本件各回覧文書中の本件各除外規定は、いずれも就業規則の趣旨及び内容に沿った合理的なものとはいえず、就業規則の定めに反するものであるから、原告を拘束しないというべきである。

(2) 就業規則の不利益変更

本件各除外規定は、従前は存在せず、産前産後休業については平成四年度年末賞与から、勤務時間短縮措置による育児時間については平成七年度夏期賞与から導入されたものであり、これらについては、実質的に就業規則の不利益変更というべきものであるが、就業規則の不利益変更については、合理性がなければ労働者を拘束しない。

本件においては、本件各取扱いが労基法等に保障された権利の行使に対する制裁的な性格を有するものであり、その結果もたらされる不利益が賞与の全額不支給という極めて深刻な不利益であることに加え、右導入の経緯等を総合すると、合理性があるとは到底いえない。

(3) 権利行使の著しい抑制を理由とする公序違反

本件各取扱いは、以下のとおり、原告が産後休業及び勤務時間短縮措置による育児時間の権利を行使したことにより経済的利益を得られないとすることによって権利の行使を著しく抑制し、ひいては労基法等が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと解されるから、本件各取扱いは、産後休業については労基法六五条の、勤務時間短縮措置による育児時間については労基法六七条及び育児休業等に関する法律(平成七年法律第一〇七号による改正前のもの。以下「育児休業法」という。)一〇条の各趣旨に反し、いずれも民法九〇条の公序に反するものとして違法・無効であると解すべきである。

<1> 被告らにおける従業員の月例賃金は非常に低額で、これを補う趣旨で支給されているのが賞与であり、賞与によってかろうじて一定の収入が確保されている。被告らにおいては、年末賞与が被告らの従業員が取得する年間総支給額の二割弱、夏期賞与が同じく一三パーセント弱を占め、合わせると、賞与が年収の四分の一以上の割合を占める。このように、被告らにおいては、個々の労働者が取得する年間賃金総額に占める賞与の割合が極めて高いことから、賞与は被告らの従業員の恒常的生計費の不可欠な一部を成しており、不可欠な重要性を有するため、賞与の支給を受けられなくなることによる経済的不利益は重大である。

原告についてみても、夏期及び年末の賞与が、年間賃金総額の約三割を占めており、勤務時間短縮措置による育児時間を取得した期間の月例賃金手取額は一七万円ないし一八万円となり、この間の原告の所得は二〇〇万円余という生活保護水準にも満たない金額であったところ、平成七年度夏季賞与が支給されなかったことによって破産寸前の状態となり、生活基盤を根底から揺るがす大きな打撃を受けた。

被告らは、被告らにおける賞与は賃金と共通の面を有し、ノーワーク・ノーペイの原則が妥当するから、産後休業や育児時間を欠勤扱いすることは許されるとするが、本件各取扱いにおいては、賞与の支給対象期間の九割近くの日数について就労しても、一割を超える日数が権利行使期間にかかるならば、全期間に対応する賞与の支給がされないことになるのであるから、その主張自体に矛盾がある。

<2> 本件各取扱いによれば、被告らの従業員が法律上保障された八週間の産後休業を取得し、あるいは、勤務時間短縮措置による育児時間を取得すると、他に欠勤や遅刻等が全くなくても、それだけで自動的に本件九〇パーセント条項を充足しないことになる。産後休業や育児時間の取得がそれ自体として適正かつ相当な範囲内のものであっても、それのみで対象期間についての賞与の全額不支給という前記の重大な経済的不利益を被ることになるのであって、このような取扱いは、子供を育てながら働く女性にとっては過酷を極めるものである。

原告についてみても、八週間の産後休業を取得しただけで平成六年度年末賞与が不支給とされ、その後、勤務時間短縮措置による育児時間を取得しただけで平成七年度夏期賞与が不支給とされており、二期一年間、賞与の支給を受けられず、その結果、前記のとおりの経済的困窮状態に陥った。

右に述べたように、労働者に保障された権利を行使することにより重大な不利益を被るとすれば、労働者は、権利行使による不利益を避けるために、出産をあきらめ、あるいは、健康に支障があっても無理して勤務するか、それとも働き続けることをあきらめるかの選択を余儀なくされることになり、出産休暇や子育てのための時間を取得する権利を保障したことにはならない。

<3> 本件においては、被告らは、もっぱら、出産・子育てをしながら働き続ける女性に対する差別的意図、敵対的意図によって、労基法等で保障されている権利の行使を妨害し、これに報復する意図で賞与制度を恣意的に運用したのであって、到底許されない。

(4) 女性差別を理由とする公序違反

本件各取扱いは、出産及び育児に必要不可欠な休業及び勤務時間短縮措置について、その取得を根拠に、賃金等に関し、不利益な取扱いをするものであって、以下に述べるとおり、被告らの、結婚、出産しても働き続けようとする女性従業員に対する嫌悪から発する女性差別の姿勢の一環であり、実質的に女性や家族的責任を有する労働者に対する不合理な差別であって、憲法一三条、一四条、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(平成七年法律第一〇七号による改正前のもの。以下「雇用機会均等法」という。)一一条、労基法三条、六五条、六七条、女性差別撤廃条約一一条二項a、ILO一五六号条約の各趣旨に反するから、いずれも労基法四条ないし民法九〇条の公序に反するものとして違法・無効であると解すべきである。

<1> 両事件について

被告らは、雇用機会均等法施行後まで、女性を採用する場合には結婚退職の誓約書を提出させており、また、男女の間で入職の段階から研修の内容、職階及び初任給に差が設けられており、現在でも同期同学歴の男女従業員の間に賃金格差が存する。被告らは、女性は結婚すれば辞めていくものであるという固定観念に基づき、女性従業員に重要な業務を割り当てることはなく、若いうちだけ補助的労働者として活用し、結婚退職を事実上強要してきた。

このように、被告らは、固定的な性的役割分担意識に基づき、女性従業員を一人前の労働者ではなく、男性従業員の世話をし、その補助を行い、職場をなごませる存在としてのみとらえ、女性従業員が結婚、出産した後も働き続けることを嫌悪し、それを抑制しようとしてきた。

本件においても、被告らは、就業規則に規定された特別休暇のうち、いずれの休暇を取得しようと勤務しなかったという事実には全く変わりがないのに、女性のみに問題となる出産休暇及び生理休暇のみを欠勤扱いして、賞与を支給しないとしたもので、右取扱い自体女性差別というべきである。

<2> 甲事件について

被告らは、従前は、賞与の支給にあたり、産前産後休業を欠勤扱いしていなかったのに、被告らの女性従業員で初めて出産休業を取得する者が出た際、これに対応して、平成四年度年末賞与の支給要件としての出勤率の算定にあたり、事前の協議もなく一方的に産前産後休業及び生理休暇を欠勤扱いするようになった。

また、平成六年度回覧文書は、就業規則四五条の一号ないし六号については、産後休業と比較して実質的に保護の必要性が低い三号(配偶者が出産したとき)も含めて賞与の支給基準である出勤率の算定において出勤扱いしている。同条三号を出勤扱いしているのに、労基法で保障された産前産後休業及び生理休暇のみを欠勤扱いすることには合理性がない。同条三号は、女性の配偶者を有する男性従業員の利益になるに過ぎないものである。

さらに、出産休業は女性のみに保障されるという権利の性格及びこの取得者を保護する法律上の取扱いにかんがみれば、出産休業の取得を理由として雇用及び労働条件に不利益をもたらすことは、女性に対する差別として容認できないというのが法の趣旨である。

<3> 乙事件について

被告らは、従前は、賞与の支給にあたり、勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いしていなかったのに、被告らの女性従業員で初めて原告が育児時間を取得した際、これに対応して、平成七年度夏期賞与の支給要件としての出勤率の算定にあたり、育児時間を欠勤扱いするようになった。

また、勤務時間短縮措置を含む育児のための権利行使は、男女労働者が子育てをしながら働く権利を保障したものであるが、性別による役割分担が根強い我が国においては、右権利を行使する者の多くは女性であるから、右権利行使によって不利益を受けるとすれば、女性が平等に働き続ける権利が損なわれることになり、女性に対する差別として容認できないというのが法の趣旨である。

(5) 信義則・権利濫用違反(乙事件)

被告らは、平成六年度年末賞与までは、その支給要件中の出勤率の算定にあたり、勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いしていなかったのに、原告が、甲事件について訴訟提起した後になって、育児時間を欠勤扱いするようになった。これは原告が提訴したことに対する制裁的不利益、すなわち、差別的取扱いである。

また、賞与の支給にあたって出勤率を要件にする目的は、正当な理由のない欠勤を戒め、制裁を課すことによって出勤率を向上させようとするものであるところ、この目的に沿うためには、最低限、当該支給対象期間の始期に先立ち、何を欠勤扱いにするのかが明確でなければならないところ、本件のように、支給対象期間経過後、全く新たに育児時間を欠勤扱いするという取扱いは、欠勤査定の目的から大きく逸脱するものである。

さらに、勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いすることは労働者に極めて重大な不利益を課するものであるから、そのような取扱いをする前に労使間での誠意ある話し合いがなされるべきであるところ、被告らは、組合との協議をしないまま、一方的に本件取扱いを通告してきた。

加えて、本件取扱いは、被告らの女性差別的意図の表われでもある。

以上のとおり、本件取扱いは、その目的、本件九〇パーセント条項の趣旨、本件取扱い導入の経緯及び被告らの女性差別的意図において、著しく信義に反し、権利の濫用であるから、違法・無効である。

(6) 労働協約が存するという被告らの主張に対する答弁

本件各取扱いについて、組合との間に労働協約が存するという被告らの主張は否認する。

被告らには、労使交渉によって賞与の支給基準を決定するという姿勢はなく、一方的に支給基準を決定してこれを組合に押しつけ、かつ、支給基準が妥結しなければ賞与を支給しないとして協定書の作成を要求した。

組合は本件各取扱いに異議をとどめており、合意は成立していない。

仮に労働協約が存在するとしても、本件各取扱いは公序に反するものであるから、無効である。

(三) 給与規程に基づく賞与請求

(1) 各賞与金額の明確性

以上述べたように、本件九〇パーセント条項にいう出勤率の算定にあたり、産後休業日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤日数に算入することは違法であるが、右部分を除くと、支給されるべき各賞与の金額は、後記のとおり、本件各回覧文書により、従業員の勤続年数によって基本給に一定の割合を乗じ、職階手当を加え、これから基本給の二五(ママ)分の一に欠勤日数を乗じた金額を減じるという共通の算式によって算出され、一義的に明確である。

(2) 平成六年度年末賞与

原告の取得した産後休業が欠勤日数に算入されないとすれば、原告には、平成六年五月一六日から同年一一月一五日までの間、他に欠勤及び遅刻・早退はないので、出勤率は一〇〇パーセントであり、平成六年度回覧文書記載の支給対象者に該当し、したがって、同回覧文書除外規定を除く同回覧文書記載の計算基準等に基づいて定まる賞与請求権を有する。

そして、原告の基本給は金一四万一三〇〇円であり、書記二級に格付けられた勤続三年以上の原告の職階手当は金一九万四一〇〇円、さらに、原告は、出産により、長男を扶養することになったものであるから家族手当が支給され、その金額は金七六〇〇円である。これらの金額に基づき平成六年度回覧文書記載の計算式に基づいて計算すると、原告の有する平成六年度年末賞与請求権の金額は以下のとおりである。

14万1300円(基本給)×4+19万4100円(職階手当)+7600円(家族手当)×2=77万4500円

(3) 平成七年度夏期賞与

原告の取得した勤務時間短縮措置による育児時間が欠勤扱いされないとすれば、原告には、平成六年一一月一六日から平成七年五月一五日までの間、他に欠勤及び遅刻・早退はないので、出勤率は一〇〇パーセントであり、平成七年度回覧文書記載の支給対象者に該当し、したがって、同回覧文書除外規定を除く同回覧文書記載の計算基準等に基づいて定められる賞与請求権を有する。

そして、原告の基本給は、金一四万三四〇〇円であり、書記二級に格付けられた勤続三年以上の原告の職階手当は、金五万七六〇〇円である。これらの金額に基づき平成七年度回覧文書記載の計算式に基づいて計算すると、原告の有する平成七年度夏期賞与請求権の金額は以下のとおりである。

14万3400円(基本給)×3.0+5万7600円(職階手当)=48万7800円

(4) 被告らの連帯債務

被告らが構成する代々木ゼミナールグループ内の三法人は、主たる役員及び経営幹部を共通にしていて、法人格の別異は全く意識されておらず、有機的一体性を有する。右三法人の就業規則の内容は全く同一であり、賃金や賞与の計算方法も同様であって、右三法人の職員の賃金等の労働条件は統一的・集合的に処理されてきた。右三法人の職員は、「学校法人代々木ゼミナール」の名において採用され、その後右三法人のうちのいずれか一つの法人から具体的な配属場所が通知される。人事異動も一括して、決定・発令され、同グループ内の従業員の出向も包括的な規程に基づいて無制限に行われている。そして、同グループにおいては、被告高宮学園が強いリーダーシップの下に他法人を統括しており、同グループの経営から人事に至るまでの事業運営にかかわる一切の事項を決定し遂行している。

原告も、「学校法人代々木ゼミナール」の名のもとに採用され、賃金を含む労働条件は被告高宮学園が決定し、また、原告は、入職後から被告高宮学園において労務を提供し、一時期被告東朋学園に配属されたことはあったが、再度、被告高宮学園に出向して、同被告の指揮命令の下で労務を提供してきた。

このように、原告は、被告高宮学園に対し、労務を提供しており、また、右労務提供の対償としての賃金という労働契約の重要な構成要素が被告高宮学園によって決定されているのであるから、原告と被告高宮学園との間にも実質的労働契約関係が成立しているというべきであり、被告高宮学園は、原告に対し、賞与を含む賃金を支払う義務を負っているというべきである。

また、代々木ゼミナールグループは、いわゆる予備校業務の事業の運営という共同目的のもとに、各法人が事業運営のための資金及び人材を提供し、被告高宮学園を業務の実質的な執行主体とする組合ないし組合類似の事業主体であると解される。原告は、このような事業主体と雇用契約を締結したものと解されるから、民法六七五条の適用ないし準用により、右事業主体を構成する被告高宮学園も原告に対し、雇用契約上の責任を負うものというべきである。

したがって、被告らの原告に対する本件各賞与支払債務は連帯債務であると解すべきである。

(5) 本件各賞与請求権のまとめ

よって、被告らは、原告に対し、連帯して、原告に対する平成六年度年末賞与支払債務の履行として金七七万四五〇〇円及びこれに対する右賞与支給日である平成六年一二月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い(甲事件)並びに同じく平成七年度夏期賞与支払債務の履行として金四八万七八〇〇円及びこれに対する右賞与支給日である平成七年六月二九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い(乙事件)をする責任を負う。

(四) 債務不履行に基づく損害賠償としての慰藉料及び弁護士費用の請求

(1) 本件各取扱いは、単なる賞与支払債務の不履行にとどまらず、女性に対する意図的な差別であり、また、出産した女性に対する制裁として甚大な不利益を及ぼすものであり、労働者の健康と人格を尊重し平等に取り扱うべき労働契約上の義務に違反する悪質な違法行為である。これに対し、原告は、組合を通じて本件各取扱いの違法性を指摘し、再三にわたり各賞与を支給するよう求めてきたが、被告らは一切取り合わなかった。

このような事情にかんがみれば、被告らには、金銭債務の不履行による損害賠償として、遅延損害金の外に、原告の精神的損害や弁護士費用についても賠償すべき特段の事情が存する。

(2) 労働者には、職場において、母性と健康、人格を尊重されて、性や権利の行使を理由に差別されることなく働き続ける権利がある。本件各取扱いによる差別や敵対は、原告の人格を侵害するもので著しく信義に反し、原告の権利行使に対する悪意に満ちた制裁である。また、原告は、組合を通じて本件各取扱いの違法性を指摘し、再三にわたり各賞与を支給するよう求めてきたが、被告らは一切取り合わなかった。

被告らのこうした差別的な賞与不支給と不誠実な態度により、原告は労働者としての誇りを著しく傷つけられたものであって、その精神的苦痛を金銭に換算すれば、甲事件・乙事件についてそれぞれ金一〇〇万円を下らない。

(3) 原告は、被告らの右の不誠実な対応の結果、本件訴訟の提起を余儀なくされ、原告訴訟代理人らとの間で訴訟追行を目的とする委任契約を締結して、甲事件について、同事件の損害賠償金額の約一割に相当する金一八万円の、乙事件について、同様に金一五万円の各弁護士報酬を支払う旨約した。

(4) よって、被告らは、原告に対し、連帯して、被告らの給与規程に基づく本件各賞与債務の不履行に基づき金一一八万円の損害金及びこれに対する平成六年度年末賞与の不支給の日である平成六年一二月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い(甲事件)並びに同様に金一一五万円の損害金及びこれに対する平成七年度夏期賞与の不支給の日である平成七年六月二九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い(乙事件)をする責任を負う。

(五) 不法行為に基づく損害賠償請求

(1) 本件各取扱いは、被告らが、共謀のうえ、原告が産後休業ないし勤務時間短縮措置による育児時間を取得したことを理由として、原告の本件各賞与の支給を受ける権利を不当に侵害したものであり、民法七〇九条及び七一九条の共同不法行為を構成する。

よって、被告らは、原告に対し、連帯して、甲事件について、平成六年度年末賞与相当損害金として金七七万四五〇〇円及び乙事件について、平成七年度夏期賞与相当損害金として金四八万七八〇〇円並びに各賞与支給日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償する責任を負う。

(2) 前記(四)(2)、(3)のとおりであることからここに引用する。

(3) よって、被告らは、原告に対し、連帯して、被告らの共同不法行為に基づき金一一八万円の損害金及びこれに対する平成六年度年末賞与の不支給の日である平成六年一二月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い(甲事件)並びに同様に金一一五万円の損害金及びこれに対する平成七年度夏期賞与の不支給の日である平成七年六月二九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い(乙事件)をする責任を負う。

(六) 本件請求のまとめ

よって、原告は、被告らに対し、被告らの給与規程に基づく本件各賞与債務の履行と不履行による損害賠償を求め、選択的に民法七〇九条及び七一九条の共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、金一九五万四五〇〇円の賞与等又は賞与相当額等の損害金及びこれに対する平成六年度年末賞与の不支給の日である平成六年一二月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め(甲事件)、同様に、連帯して、金一六三万七八〇〇円の賞与等又は賞与相当額等の損害金及びこれに対する平成七年度夏期賞与の不支給の日である平成七年六月二九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める(乙事件)。

2  被告らの主張

原告の主張は、いずれも否認ないし争う。

原告の本件各賞与請求権は発生しておらず、また、被告らの本件各取扱いは適法かつ有効である。

(一) 原告の本件各賞与請求権は発生していない。

被告らの従業員の平成六年度年末賞与及び平成七年度夏期賞与は、本件各回覧文書により具体的請求権が発生したものであるところ、原告は右の各賞与の支給基準を充足しなかったから、原告の本件各賞与請求権は発生していない。

(二) 被告らの本件各取扱いは適法かつ有効である。

(1) 本件各取扱いは、就業規則に違反しない。

産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間を賞与の支給要件としての出勤率の算定においてどのように取り扱うかに関し、就業規則等に特段の定めはない。そもそも、労基法所定の休暇以外に休暇を設けること及び右休暇を賞与支給の出勤率算定においてどのように取り扱うかは使用者の自由である。したがって、就業規則四五条一号ないし六号の特別休暇は恩恵的措置にすぎないし、就業規則上の「休暇」の条文には、有給のもの、無給のものが存在しているのであって、これらを一律に扱うべき義務はない。

産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間を取得した場合、その日数については欠勤扱いして賃金は支給されないのであるから、賞与についても、当該日数を欠勤扱いして賞与を支給しないことは許される。また、産後休業や育児時間は、不就労の事実としては疾病により欠勤した場合と同一であり、これとの均衡からいっても、産後休業や育児時間を欠勤扱いすることは当然であり、合理的である。

(2) 本件において、就業規則の変更はない。

被告らにおける賞与の支給は、就業規則所定の要件以外は、支給の都度、出勤率の算定基準等を含む詳細について決定し、これを回覧文書によって周知することとなっている。産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間の出勤率算定における取扱いは就業規則に定められているものではなく、本件各賞与の支給の都度決定され、回覧文書により周知されたにすぎないものである。

したがって、産後休業等の出勤率算定における扱いをどのように決定したとしても、これは就業規則自体の変更とはいえない。

(3) 本件各取扱いは、労基法六五条、六七条、育児休業法一〇条の趣旨に反しない。

そもそも賞与は月例賃金とは異なり、その性格は一義的ではないし、支給要件や支給基準については、労基法等の規制するところではなく、私的自治の原則が妥当するから、賞与の支給は当事者の特別の約定によって定まるものであり、支給要件に出勤日数や出勤率をどのように反映させるかは、企業によって様々な制度がありうる。そして、被告東朋学園における賞与は支給の都度、同被告の裁量により支給基準が決定されるもので、功労報償的、収益分配的性格及び恩恵的給付の性格が強いものである。したがって、賞与の支給要件として、企業に対する貢献度を評価し賞与に反映させるために、賞与の支給対象期間にける就労実績を示す出勤率が九〇パーセント以上であることを要件とすることも許される。

また、使用者には、法律上、労働者が産後休業及び勤務時間短縮措置による育児時間を取得した日ないし時間の賃金支払は義務づけられていないが、これは双務有償契約である雇用契約の性質上当然のことであると同時に、産後休業及び育児時間について、賃金の面でも出勤したものとみなし使用者に賃金を保障させるとすれば、その負担が過大となることを考慮したものである。したがって、少なくとも、立法により明文の規定が設けられない限り、使用者に右の負担を義務付けることはできない。そして、賞与は、支給対象期間の労務提供との対応性、すなわち、支給対象期間における労働の状況に対応する報償という面があり、ノーワーク・ノーペイの原則が適用されるから、賞与についても右のことは同様に当てはまる。月例賃金については欠勤扱いすることが許されるのに、賞与については許されないというのは理論的整合性に欠ける。特に、産後休業はその取得が強制されていて、取得しないことが許されないものであるから、これを賞与の支給基準において欠勤扱いしてはならないとすると、使用者は雇用契約に基づく本来の債務の履行を受けられないうえ、賞与の支払義務を課せられるという二重の負担を強制されることになる。また、産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間は、不就労の事実としては疾病により欠勤した場合と同一であり、これとの均衡からいっても、欠勤扱いすることは当然であり、合理的である。

さらに、賞与の場合は、一回性のものであり、後続年度の賃金、賞与及び退職金に影響を与える永続的なものではないから、経済的不利益があったとしてもさほど大きいとはいえず、本件各取扱いが、産後休業や育児時間の取得を著しく困難にし、労基法等が各権利を保障した趣旨を実質的に失わせることにはならない。

原告は、産後休業を欠勤扱いとされることにより経済的不利益を被るとすると、労働者は産後休業を取得するか否かの選択を余儀なくされると主張するが、産後休業については労基法六五条により就業が法律上禁止されており、産後休業を取得するか否かの選択の余地はない。

母性保護が重要であるとしても、経済的な保障において、母性保護をどのように実施するかについては、もっぱら立法政策や社会福祉施策の問題であるというべきであり、現状において、これを労使間の個別的契約関係に直接反映させることはできない。

したがって、支給対象期間中に産後休業ないし勤務時間短縮措置による育児時間を取得した場合、これを賞与の支給要件上、欠勤扱いすることは許されると解すべきであり、本件各取扱いが違法・無効とされる理由はない。

(4) 本件各取扱いは、憲法一三条、一四条、雇用機会均等法一一条、労基法三条、四条、六五条、六七条、女性差別撤廃条約一一条二項a、ILO一五六号条約の各趣旨に反しない。

原告は、本件各取扱いを女性や家族的責任を有する労働者を差別するものであると主張するが、被告らは、女性や家族的責任を有する労働者を保護するために設けられた労基法六五条、育児休業法一〇条等を遵守しており、また、被告らにおける賞与制度は、出勤率を基準にして全従業員を等しく取り扱っているのであるから、差別的取扱いとはいえず、原告の主張は失当である。

また、原告は、本件各回覧文書において、被告らが、就業規則四五条三号(配偶者が出産したとき)を欠勤扱いしていないことと比較して、本件各取扱いは女性に対する差別を意図したものであると主張するが、右特別休暇は、配偶者である妻にとってもメリットがあるし、原告の右主張は、右特別休暇と産前六週間産後八週間の長期に及び、かつ、無給である出産休業とを同一視するものであって失当である。

(5) 信義則違反、権利濫用の評価障害事実(乙事件)

原告は、被告らは、従前は勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いしていなかったのに、本件で右の取扱いをしたことは、原告が提訴したことに対する制裁的不利益ないし差別的取扱いであると主張する。

しかし、勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いすることは、平成四年四月一日に育児休業法が施行され、育児休職規程が作成されたことに伴い、定められたものである。賞与の支給にあたっては、欠勤と目される事由に新たな該当者が出た場合には、その都度、役員会で検討、確認されたうえ、回覧文書に必要な事項が定められる。平成六年度年末賞与が不支給となった際、原告の育児時間が欠勤扱いされなかったのは、右賞与の支給の際には、原告は産後休業の取得のみで既に出勤率が九〇パーセントを下回っていて支給対象に該当せず、そして、他に育児時間取得者がいなかったから、育児時間の取扱いを明示する必要がなかったに過ぎない。また、被告らにおける賞与制度は、全従業員に等しく適用されているのであるから、差別的取扱いとはいえない。

また、原告は、本件のように、支給対象期間経過後、全く新たに育児時間を欠勤扱いするという取扱いは、欠勤査定の目的を逸脱すると主張するが、被告らの育児休職規程九条、一一条、一三条の規定は、被告らの従業員にあまねく周知されており、産後休業については、平成四年度年末賞与の回覧文書から記載されていたのであり、休職者との均衡からいっても、原告は育児時間を欠勤扱いする本件取扱いを容易に知り得たのであるから、欠勤査定の目的を逸脱するものとはいえない。

以上述べたとおり、被告らの本件取扱いは、信義則に違反するものでもなく、権利の濫用でもない。

(6) 労働協約の存在

被告東朋学園は、組合との間で、本件各賞与の支給基準に関し、産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いすることについて労働協約を締結しており、本件各取扱いは、右労働協約に従って行ったものであるから、適法かつ有効である。

(三) 原告と被告高宮学園との間の雇用関係に関する原告の主張について

原告は、原告と被告高宮学園との間に雇用関係が存すると主張するが、被告東朋学園と被告高宮学園とは法人格を異にし、その設立の経緯も異なり、役員等の人事上の組織、会計上の処理等においても別個独立の処理が行われており、原告と被告高宮学園との間に雇用関係は存しない。

第三当裁判所の判断

一  被告らにおける賞与の法的性質(賃金性)について

被告らは、被告東朋学園の給与規程一九条一項が、賞与は被告東朋学園の業績を考慮したうえ、職員の勤務成績等に応じて「支給することがある。」と規定し、同条二項三号が「支給日、支給の詳細については、その都度回覧にて知らせる。」と規定していること等を根拠に、賞与の支給が恩恵的・任意的なものであり、支給するか否かの決定、支給基準等の確定が被告東朋学園の裁量に委ねられていると主張する。

しかしながら、(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、被告らにおける賞与は、就業規則の一部に当たる給与規程において、夏期賞与及び年末賞与の支給対象期間をそれぞれ前年一一月一六日からその年の五月一五日まで及びその年の五月一六日から一一月一五日までとし、支給対象者は出勤率が九〇パーセント以上の者とし、支給日、支給の詳細については、その都度回覧で知らせることが定められており、給与規程及び右委任規定を受けての回覧文書をもって、支給対象期間、支給要件、具体的な支給計算基準が定められてきていること、右支給計算基準は基本給、職階手当、家族手当、欠勤日数等の要素により賞与の額を一義的に決定するものであること、すなわち、被告らにおける賞与は昭和六二年以降平成八年まで毎年二回必ず支給されているが、昭和五五年度夏期賞与以降平成八年度年末賞与までの各賞与の支給金額は、本件各賞与と同様の計算式により求められ、被告らの裁量による金額の増減があるわけではなく、個々の従業員ごとに被告らによる具体的確定行為なくして各従業員についての具体的金額を算定することができるものであったこと、以上のとおり認めることができる(右の期間内の賞与のうち、その支給基準が証拠として提出されていないものもあるが、弁論の全趣旨により、同様の支給基準であると認めることができる。)。

右の各事実に、後述する原告の年間総収入額に占める賞与の額が大きいことから明らかなように、被告らにおける労働者の年間総収入額に占める賞与の比重が大であることを併せて考えると、被告らにおける賞与は、労働の対償としての賃金性を有するものであり、使用者である被告らの裁量にゆだねられた恩恵的・任意的給付であるということはできないから、その支給要件を定める給与規程及び回覧文書の規定の合理性を検討するに当たっては、被告らにおける賞与を賃金に準ずるものと見て検討することを要するものというべきである。

二  本件九〇パーセント条項の意義について

1  (人証略)の証言に弁論の全趣旨を併せて考えると、本件九〇パーセント条項の趣旨・目的は、従業員の出勤率を向上させ、貢献度を評価することにあり、もって、従業員の高い出勤率を確保することを目的とするものであることが認められる。そして、本件九〇パーセント条項の趣旨・目的が右のとおりであること、給与規程が賞与の支給の詳細についてはその都度回覧にて知らせることとして、回覧において具体的な支給の要件を定めることを委任していること、平成六年度年末賞与及び平成七年度夏期賞与の各支給について、それぞれ平成六年度回覧文書及び平成七年度回覧文書をもって支給要件が定められ、本件各除外規定が置かれて、産前産後休業等の日数及び勤務時間の短縮措置により短縮した時間のうちの一定割合の時間数は欠勤日数に加算することと定められたこと、被告東朋学園の就業規則によると、産前産後休業期間中は無給と定められ、育児休職規程によると、勤務時間短縮措置による育児時間について無給とする旨定められていること、以上の各点を併せて考えると、被告東朋学園の給与規程は、本件九〇パーセント条項に関し、回覧文書をもって、産前産休(ママ)業等の日数及び勤務時間の短縮措置により短縮した時間を欠勤日数に加算することを定めることを許容する趣旨であり、この趣旨を受けて前記のとおり本件各除外規定を定めた本件各回覧文書は被告東朋学園の給与規程と一体となり、本件九〇パーセント条項の内容を前記のとおり具体的に定めたものと解するのが相当である。

2  原告は、本件各回覧文書中の本件各除外規定は、被告東朋学園の就業規則の定めに反しており、違法・無効であると主張する。

被告東朋学園の就業規則では、四五条ないし四九条において、「休暇」と「欠勤」とは文言上区別されており、四五条七号において、出産休暇は「休暇」と規定されていること及び出産休暇と生理休暇を除く同条列挙の休暇については、賞与の支給要件である出勤率の算定において出勤扱いされていることについては当事者間に争いがないが、1の各点に照らして考えると、本件就業規則等における文言を根拠にして、原告主張のように解することはできないものというべきである。

三  権利行使の著しい抑制を理由とする公序違反について

1  そこで、本件各取扱いの適法性の判断は、本件九〇パーセント条項と一体となり、その内容を具体的に補充する本件各除外規定の合理性の判断に帰着することとなる。本件九〇パーセント条項の適用される場合は、本件各除外規定の規定している場合に限られず、本件九〇パーセント条項と本件各除外規定とは不可分の関係にはないから、右の限度で合理性の有無を判断すれば足りる。

2(一)  労基法(昭和六〇年法律第四五号による改正。平成九年法律第九二号による改正前のもの)六五条は、産前六週間(多胎妊娠の場合にあっては、一〇週間)及び産後八週間(ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせる場合を除く。)以内は、女性労働者を就業させてはならない旨規定しているが、右規定は、出産前後の母性保護の見地から、当該女性労働者が右の期間内休業する権利を認めたものである。そして、労基法一九条一項本文は、産前産後休業期間及びその後三〇日間は、当該女性労働者を解雇してはならない旨を規定し、雇用機会均等法一一条二項は、女性労働者が妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをすることを、同条三項は、女性労働者が妊娠し、出産し、又は産前産後休業をしたことを理由とする解雇をそれぞれ禁止している。さらに、労基法三九条七項は、年次有給休暇の取得要件としての出勤率の算定においては、産前産後休業期間は出勤したものとみなすとし、同法一二条三項二号は、平均賃金の算定にあたり、その算定期間内に産前産後休業期間がある場合には、その日数及び期間中の賃金を算定期間及び賃金の総額から控除すべきものとしている。

産前産後休業を取得した日の賃金については、労基法等に支払を保障する規定がなく、いわゆるノーワーク・ノーペイの原則により賃金は発生しないものと解される。しかしながら、法は、産前産後休業については、その取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と区別し、前記のとおり、これを取得した女性労働者が解雇その他の労働条件における不利益を被らないように種々の規制をしている。これは、産前産後休業を取得することによって不利益を被ることになると、労働者に権利行使を躊躇させ、あるいは、断念させるおそれがあり、法が権利、法的利益を保障した趣旨を没却させることになるからにほかならない。そうすると、産前産後休業の取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と同視して、これを取得した女性労働者に同様の不利益を被らせることは、法が産前産後休業を保障した趣旨を没却させるものであり、法の容認しないところというべく、そのような取扱いは、公序良俗に違反して違法・無効となると解するのが相当である。

(二)  次に、労基法六七条は、生後一年未満の生児を育てる女性労働者は、休憩時間のほか、一日二回各々少なくとも二〇分育児時間を請求することができ、使用者が育児時間中の女性労働者を使用することを禁止しているが、これは、生児への授乳等の母子接触の機会を与えることを目的とするものである。また、育児休業法は、子を養育する労働者の雇用の継続を図ることを目的として、一歳に満たない子を養育する労働者の育児休業等について定めるが、育児休業を取得しない者については、同法一〇条が、労働者の申出に基づく勤務時間の短縮その他の当該労働者が就業しつつその子を養育することを容易にするための措置を講じるよう努力すべきことを事業主に義務づけている。

勤務時間短縮措置による育児時間を取得した時間の賃金についても、支払を保障する法律上の規定がなく、賃金は発生しないものと解される。また、労基法六七条の育児時間については、その違反に対する罰則(労基法一一九条一号)が、育児休業法一〇条については、労働大臣等の助言、指導又は勧告(育児休業法一二条)が規定されているが、その外には直接には具体的な法規制は行われていない。さらに、育児休業法一〇条は、事業主が講じるべき措置義務を定めたものであり、同条から直接私法上の権利義務が発生するわけではない。本件では、原告は、被告東朋学園の育児休職規程に基づき勤務時間短縮措置による育児時間を取得したことは当事者間に争いがなく、右措置は育児休業法一〇条に基づくものであるところ、前記のとおり、労基法六七条と育児休業法一〇条の規定の内容は同一ではない。

しかし、右各規定に表れている法の趣旨は、労働者が所定の育児時間を取得することは、労働者の責めに帰すべき事由による不就労と区別されなければならず、保障されるべきであることを明確にすることにあると解するのが相当である。したがって、事業主が同条に基づいて就業規則等に育児のための勤務時間短縮措置を規定し、労働者がこれにより育児時間を取得したところ、事業主が右育児時間の取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と同視して、労働者に同様の不利益を被らせることは、法が育児時間を保障した趣旨を没却させるものであり、法の容認しないところといわざるを得ず、そのような取扱いは、公序良俗に違反して違法・無効となると解するのが相当である。

(三)  右(一)、(二)の判断に当たっては、労働者が受ける不利益の内容、程度、各権利の取得に対する事実上の抑止力の強弱等の事情を勘案して、各権利、法的利益の行使、享受を著しく困難とし、労基法や育児休業法が女性労働者や子育てをする労働者の保護を目的として産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間について特に規定を設けた趣旨を失わせるか否かを検討すべきである。

3  原告が本件各取扱いによって被った不利益について検討する。

(一) 本件各賞与は、前記のとおり、支給対象期間中の労働の対償としての賃金たる性質を有していると解されるところ、労働者が産後休業ないし育児時間を取得した場合に、法律上、使用者に当該日ないし時間に対応する賃金支払義務はない。したがって、本件各賞与のうち原告が労務を提供しなかった部分に応じた金額が不支給とされたからといって、原告が法の容認する不利益を超える不利益を被ったとはいえない。

(二) そこで、次に、本件において、原告が被った経済的不利益が、労務不提供に対応する部分を超えているか否か、また、その程度について検討する。

まず、本件各賞与が支給されなかったことにより、原告の各年度の年間総収入額自体が一般と比して生計を維持するのに困難を来すほどのものであったか否かを見た上で、原告が産後休業等を取得したために支給を受けることができなくなった賞与額及びこれが年間総収入額に占める割合を検討し、併せて、具体的に、収入の減少により、原告の生活の実態がどうなったか、本件各賞与が支給されていたならばありうべき原告の経済状態と比較してどうかも見ることとする。

(三) (証拠略)及び弁論の全趣旨によると、各年度の原告の年間総収入額、夏期賞与金額及び年末賞与金額(金額についてはいずれも税金・保険料込み)並びに年間総収入額に占める夏期・年末各賞与の割合(百分率・四捨五入)は以下のとおりであると認めることができる。

昭和六二年度

年間総収入額 二二四万六九二五円(以下、括弧内は年間総収入額に占める割合を示す。)

夏期賞与額 五万九六〇〇円(二・六五%)

年末賞与額 四四万五五〇〇円(一九・八三%)

賞与合計額 五〇万五一〇〇円(二二・四八%)

昭和六三年度

年間総収入額 三四一万三二八〇円

夏期賞与額 四〇万六四六〇円(一一・九一%)

年末賞与額 五五万二五〇〇円(一六・一九%)

賞与合計額 九五万八九六〇円(二八・〇九%)

平成元年度

年間総入額 三二八万五四七六円

夏期賞与額 四二万四四四〇円(一二・九二%)

年末賞与額 五七万六六〇〇円(一七・五五%)

賞与合計額 一〇〇万一〇四〇円(三〇・四七%)

平成二年度

年間総収入額 三七〇万五一四六円

夏期賞与額 四五万四八六〇円(一二・二八%)

年末賞与額 六七万〇六〇〇円(一八・一〇%)

賞与合計額 一一二万五四六〇円(三〇・三八%)

平成三年度

年間総収入額 三八七万六八九二円

夏期賞与額 四九万九五四〇円(一二・八九%)

年末賞与額 七〇万六五〇〇円(一八・二二%)

賞与合計額 一二〇万六〇四〇円(三一・一一%)

平成四年度

年間総収入額 四二〇万九四四九円

夏期賞与額 五一万九二六〇円(一二・三四%)

年末賞与額 七二万九七〇〇円(一七・三三%)

賞与合計額 一二四万八九六〇円(二九・六七%)

平成五年度

年間総収入額 四二二万〇六一二円

夏期賞与額 五一万九〇七〇円(一二・三〇%)

年末賞与額 七四万五七〇〇円(一七・六七%)

賞与合計額 一二六万四七七〇円(二九・九七%)

平成六年度

年間総収入額 二七八万三九九〇円

夏期賞与額 四九万四九六五円(一七・七八%)

年末賞与額 〇円(〇%)

賞与合計額 四九万四九六五円(一七・七八%)

平成七年度

年間総収入額 三四九万〇五八五円

夏期賞与額 〇円(〇%)

年末賞与額 六五万五五二〇円(一八・七八%)

賞与合計額 六五万五五二〇円(一八・七八%)

平成八年度

年間総収入額 四二六万四三一八円

夏期賞与額 四六万一一四〇円(一〇・八一%)

年末賞与額 六九万六七八〇円(一六・三四%)

賞与合計額 一一五万七九二〇円(二七・一五%)

(四) 右のとおり、原告が産後休業を取得したことにより年末賞与の支給を受けることができなかった平成六年度の年間総収入額は金二七八万三九九〇円であり、勤務時間短縮措置による育児時間を取得したことにより夏期賞与の支給を受けることができなかった平成七年度の年間総収入額は金三四九万〇五八五円である。(証拠略)には、東京都における平成七年の二人世帯(有業人員一・〇二人、世帯主平均年齢六〇・三歳)の年平均一か月間の生計支出は金三〇万七七三四円である旨の記載があり、(証拠略)には、東京都における平成八年四月の二人世帯の標準生計費は金二一万五一七〇円である旨の記載があるが、これらにそれぞれ一二を乗じると、金三六九万二八〇八円及び金二五八万二〇四〇円となり、原告の平成六年度及び平成七年度の年間総収入額は右の二つの金額の間に位置することとなる(なお。右の二つの金額にはいずれも税金や保険料は含まれていないものと考えられるのに対し、原告の年間総収入額にはこれらが含まれているため、比較にあたっては右の点を考慮する必要がある。)。

そうすると、原告の平成六年度及び平成七年度の年間総収入額は金三六九万二八〇八円よりも低額であるから、原告の平成六年度及び平成七年度の年間総収入額によって、二名の生計を維持することは必ずしも容易とはいえないと考えられる(前記のとおり、原告の手取額は前記の年間総収入額より少ないから、手取額で考えると原告の生活状況はさらに厳しいものであったと考えられる。なお、原告の収入の低下の原因は、取得した産後休業及び勤務時間短縮措置による育児時間自体が無給とされていることにもある。産後休業を無給とすること自体は適法であるが、産後休業を取得した場合には、産後休業期間自体が無給とされることと支給対象期間に産後休業を取得したため賞与が不支給とされることが常に重畳的に表れるのであるから、産後休業の取得による収入の低下が生計の維持にどのような影響を与えるかという局面に限っては、産後休業自体が無給とされていることによる収入の減少をも併せ考慮することができると解する。勤務時間短縮措置による育児時間についても同様である。)。

次に、前記の認定事実によれば、原告の昭和六二年度(同年度は、原告が被告東朋学園に入社した年度であり、初年度の夏期賞与金額は、支給対象期間が短いため通常の賞与より年間総収入額に占める割合が低いから、ここでは考慮に入れないこととする。)、平成六年度及び平成七年度を除く各年度の賞与合計額が年間総収入額に占める割合は、おおよそ二七パーセントから三一パーセントであり、夏期賞与は同じく、一〇パーセントから一三パーセントであり、年末賞与は同じく、一六パーセントから一八パーセントである。また、平成四年度、五年度及び八年度の年間総収入額は、いずれも金四二〇万円台であるのに対し、平成六年度の年間総収入額は、仮に金四二五万円を一〇〇パーセントとすると、その六五・五一パーセント、平成七年度の年間総収入額は、同じく七七・五七パーセントである。

これらの事実によると、原告の平成六年度及び平成七年度の年間総収入額は、原告が出産や育児等をすることなく、従前どおり勤務していたとしたら取得したであろう収入と比較して、相当減額となっていることが認められる。

さらに、平成六年度及び平成七年度の原告の現実の生活の実態について検討すると、まず、(証拠略)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、平成六年七月から平成七年六月までの原告の総手取賃金額が金一九一万八九〇三円であり、この間に受給した私立学校教職員共済組合からの給付金が三六万八六四〇円であったことが認められるが、右の合計金額は前記の東京都における平成七年の二人世帯の年平均一か月間の消費支出金額等に比して、かなり低額である。次に、(証拠略)の平成七年一〇月度の原告の生計費を記載した部分は、生計費の全体及び各項目の金額に特段不自然な点は見当たらず、その内容は社会通念上も首肯できるところ、同記載部分及び原告本人尋問の結果によると、生計費の不足分を補うため利用してきたクレジット等のため恒常的に借入れと返済を繰り返し、平成七年一〇月には右返済のため金三〇万三九二五円を支出している事実を認めることができる。原告がこのような生活状況に陥ったことは、原告の誤解によって、不必要に高額な家賃を支払っていたことを考慮するとしても、前記の東京都における平成七年の二人世帯の年平均一か月間の消費支出金額や本件各賞与等が支給されなかったことにより年間総収入額が減少した割合及び平成六年七月から平成七年六月までの原告の総手取額等に照らし、やむを得ないものであったと考えられる。

以上を総合すると、原告が平成六年度年末賞与及び平成七年度夏期賞与を受けられなかったことによる経済的不利益は、これらを個々的に見ても大きく、これらを合算して考えると甚大であったと認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

4  原告は平成七年度夏期賞与の支給対象期間である平成六年一一月一六日から平成七年五月一五日までの期間内において、勤務時間短縮措置による育児時間を取得したが、それ以外には欠勤と扱われるべき事由は全くなかったことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によると、平成六年度年末賞与の支給対象期間である平成六年五月一六日から同年一一月一五日までの期間内において、八週間の産後休業を取得したが、それ以外には、欠勤と扱われるべき事由は全くなかったことが認められ、これに反する証拠はない。

5(一)  以上を踏まえ、考慮すべき点を確認しつつ、本件九〇パーセント条項中、本件各除外規定によって補充された部分の合理性について判断すれば、次のとおりである。

(1) 平成六年度年末賞与については、その支給対象期間である平成六年五月一六日から同年一一月一五日までの期間において、出勤が義務付けられた日数は一二五日であり、一三日以上欠勤すれば賞与は支給されないことになるから、「出勤すべき日数」に産前産後休業の日数を算入し、「出勤した日数」からその日数を控除することとすると、原告が取得したように、八週間の産後休業を取得した場合には、四〇日分が欠勤扱いされることになり、それだけで本件九〇パーセント条項による支給対象から除外されることになる。「出勤すべき日数」が一二五日の場合には、産後休業四〇日はその三二パーセントに相当するから、仮に出勤率が七〇パーセントと定められていた場合でも賞与の支給を受けられないこととなる。また、平成七年度夏期賞与については、その支給対象期間は平成六年一一月一六日から平成七年五月一五日までであるが、勤務時間短縮措置による育児時間は七・七五時間を一日として欠勤扱いされ、一日について一時間一五分の育児時間を取得すると、一日当たり約一六パーセントの割合で欠勤している計算となるから、原告が取得したように、その支給対象期間中勤務時間短縮措置による育児時間を取得すれば、それだけで本件九〇パーセント条項により支給対象から除外されることになる。

(2) 本件九〇パーセント条項の趣旨・目的は、従業員の出勤率を向上させ、貢献度を評価することにあり、もって、従業員の高い出勤率を確保することを目的とするものであって、この趣旨・目的は一応の経済的合理性を有しているが、その本来的意義は、欠勤、遅刻、早退のように労働者の責めに帰すべき事由による出勤率の低下を防止することにあり、合理性の本体もここにあるものと解するのが相当である。産前産後休業の期間、勤務時間短縮措置による育児時間のように、法により権利、利益として保障されるものについては、右のような労働者の責めに帰すべき事由による場合と同視することはできないから、本件九〇パーセント条項を適用することにより、法が権利、利益として保障する趣旨を損なう場合には、これを損なう限度では本件九〇パーセント条項の合理性を肯定することはできない。

産前産後休業の期間及び勤務時間短縮措置による育児時間については、これを取得した労働者は、ノーワーク・ノーペイの原則により右期間等に対応する賃金の支払を受けられないから、産前産後休業の期間又は勤務時間短縮措置による育児時間を取得したことにより右期間等に対応する金額では賞与が発生しないという限度にとどまるのであれば、その結果を甘受すべきであるといえるが、本件九〇パーセント条項により支給対象から除外されると、右の限度を超え、労務を遂行した期間に対応する賞与の支払も受けられないことになるから、賞与が賃金性を有する場合には、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を超える不利益を受けることになる。被告らにおける賞与が賃金性を有することは既に述べたとおりであるから、産前産後休業の期間又は勤務時間短縮措置による育児時間を取得した労働者に対する賞与については、右期間等の日数の賞与支給対象期間の日数に対する比に応じて賞与の額が減額される余地があることは否定できないものの、その限度を超えて本件九〇パーセント条項により支給対象から除外し、全額支給しないこととすることは、産前産後休業の期間又は勤務時間短縮措置による育児時間を取得した労働者に対し、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を超える不利益を課すことになる。

(3) 原告は、平成六年度年末賞与の支給対象期間中八週間の産後休業を取得し、さらに、平成七年度夏期賞与の支給対象期間中勤務時間短縮措置による育児時間を取得したため、いずれも本件九〇パーセント条項により支給対象から除外され、いずれの賞与も全額受けられないこととなった。そのことによる経済的不利益は、これを個々的に見ても大きく、また、両者を合算してみれば甚大なものであり、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を控除して考えても、なお相当に大きいものがある。

(二)  そうすると、労働者は、このような不利益を受けることを慮って、請求にかかる権利についてはその行使を控え、さらには、勤務を継続しての出産を断念せぜるを得ない事態が生ずることが考えられ、右のような事実上の抑止力は相当大きいものということができ、結局、労基法や育児休業法が労働者に各権利・法的利益を保障した趣旨を没却するものというべきである。

したがって、本件九〇パーセント条項中、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている部分(給与規程と一体をなす本件各除外規定によって定められている部分)は、労基法六五条、育児休業法一〇条、労基法六七条の趣旨に反し、公序良俗に反するから、無効であると解すべきである。

なお、被告らは、被告らと組合との間に本件各取扱いに関し、労働協約上の合意が成立しているから、本件九〇パーセント条項が違法・無効とされる理由はないと主張するが、本件九〇パーセント条項は、その出勤率算定上、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている限度で公序良俗に反するものであるから、右の合意の存在をもってしても、これを有効とすることはできず、被告らの右主張は失当である。

以上述べたとおり、本件九〇パーセント条項は、右の部分については、その余の点について判断するまでもなく、公序良俗に反し無効であると解すべきである。

四  無効の範囲について

本件九〇パーセント条項中、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている部分(給与規程と一体をなす本件各除外規定によって定められている部分)が無効であると解すべきことは既に述べたとおりであるが、本件九〇パーセント条項は賞与支給対象者から例外的に除外される者を定めるものであって、本件各賞与支給に関する根拠条項と不可分一体のものとは認められず、右無効の部分を除外して本件各賞与支給に関する根拠条項を有効とすることは当事者双方の合理的意思に反しないと解されるから、右無効は一部無効であるにとどまり、本件各賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさないと解すべきである。

したがって、原告は、右無効部分を除く本件各賞与の発生根拠条項に基づいて本件各賞与請求権を取得すると解すべきである。

五  原告の本件各賞与請求権について

原告の平成六年度年末賞与の金額が金七七万四五〇〇円であること及び平成七年度夏期賞与の金額が金四八万七八〇〇円であることについては、当事者間に争いがない。

よって、原告は、就業規則に基づく賞与請求として平成六年度年末賞与金七七万四五〇〇円及び平成七年度夏期賞与金四八万七八〇〇円の合計金一二六万二三〇〇円並びに内金七七万四五〇〇円に対する平成六年度年末賞与の支給日である平成六年一二月一六日から、内金四八万七八〇〇円に対する平成七年度夏期賞与の支給日である平成七年六月二九日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を請求する権利を有する。

六  本件各賞与の支払義務者について

原告と被告東朋学園との間に労働契約関係が存することは当事者間に争いがない。

原告は、被告らが代々木ゼミナールグループを構成する法人として一体性を有することを強調し、原告と被告高宮学園との間にも労働契約関係が存在するから、被告高宮学園も被告東朋学園と連帯して、原告に対し、本件各賞与支払義務を負うと主張する。

証拠及び弁論の全趣旨によると、賃金・賞与等に関する労使交渉は代々木ゼミナールグループ単位で行われており(<証拠・人証略>)、また、平成六年度回覧文書(<証拠略>)及び平成七年度回覧文書(<証拠略>)は被告高宮学園名義で作成され、本件各取扱いも右各文書に基づいて行われたことが認められる。

しかし、被告東朋学園の給与規程において、賞与支払義務者について特段の規定はないことから、支払義務者は、当然、被告東朋学園であると考えられるところ、出向規程(<証拠略>)において、出向者は出向期間中、給与、賞与、懲戒等に関する規定を除き、出向先の就業規則等に従うものとされ(第七条)、被告東朋学園が出向者に対し、給与及び賞与を支給するとされているから(第八条)、特段の事情のない限り、被告東朋学園の従業員に対する賞与支払義務者は、当該従業員が出向中であると否とを問わず、被告東朋学園であると解される。

原告は、代々木ゼミナールグループ内の従業員の出向が包括的な規程に基づいて無制限に行われており、原告も被告高宮学園に出向していたという実態から、原告と被告高宮学園との間にも実質的に雇用関係が成立していたと主張するが、証拠及び弁論の全趣旨によると、被告東朋学園は、学校法人代々木ゼミナールが、昭和五九年七月三一日、その名称を変更したものであるところ、原告は、昭和六一年一〇月三一日付け学校法人代々木ゼミナール名義の採用内定通知を受けて(<証拠略>)、昭和六二年三月二日、入社し、同年五月一六日付け(<証拠略>)、平成二年一〇月一六日付け(<証拠略>)、平成五年七月三日付け(<証拠略>)、平成六年三月一六日付け(<証拠略>)及び平成六年一〇月一六日付け(<証拠略>)でそれぞれ被告東朋学園名義の辞令の交付を受けていること及び原告に対する賃金は、原告が被告高宮学園に出向中も被告東朋学園が支払っていること(<証拠略>)が認められ、右の各事実によると、原告に対する処遇は、出向中も含めて、被告東朋学園の前記給与規程及び出向規程に則って行われており、原告と被告高宮学園との間にも実質的に雇用関係が成立していたと解すべき特段の事情は認められず、他に原告と被告高宮学園との間に雇用契約が成立していたと認めるに足りる証拠はない。また、同様の理由により、原告が代々木ゼミナールグループという組合ないし組合類似の事業主体と雇用契約を締結したことを前提として民法六七五条の適用ないし準用により被告高宮学園も原告に対し、雇用契約上の責任を負うという原告の主張も採用できない。

右に述べたとおり、原告に対する賞与支払義務者は、被告東朋学園のみであって、被告高宮学園も含まれると解すべき根拠はなく、したがって、被告高宮学園が、本件賞与ないし賞与相当損害金、慰藉料及び弁護士費用の支払義務を負担すると解する余地はない。

以上述べたところから、被告高宮学園に対する原告の請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

七  慰藉料及び弁護士費用の請求について

右に述べたとおり、原告の被告東朋学園に対する本件各賞与請求権を肯定すべきであるから、原告の不法行為に基づく本件各賞与相当損害金の損害賠償請求については、損害の要件を満たさないことになり、失当である。

また、本件各賞与請求権が肯定される以上、これにより、原告の精神的損害も一応回復されるものと考えられることから、原告の債務不履行ないし不法行為に基づく慰謝料請求も理由がない。弁護士費用の請求についても、本件事案の内容及び訴訟の経過にかんがみ、原告の請求する弁護士費用と被告東朋学園の本件各賞与支払債務の不履行との間に相当因果関係を認めることはできないから、理由がない。

なお、原告は、被告らが、出産し子育てをしながら働き続ける女性に対する差別的意図、権利行使に対する報復的意図により本件各取扱いに及んだ旨主張し、その根拠を縷々主張するが、本件九〇パーセント条項中本件各除外規定によって補充された部分が合理性を備えるか否かは、法的検討、判断による解決を必要とする問題であるから、被告東朋学園が本件各取扱いに及んだことをもって、原告の主張するような差別的意図、報復的意図に基づくものということはできず、その他本件各証拠によっても、右差別的意図、報復的意図の証明は不十分であるといわざるを得ない。

第四結論

以上述べたとおり、原告の被告東朋学園に対する本件各賞与請求には理由があるから認容し、被告東朋学園に対するその余の請求及び被告高宮学園に対する請求にはいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり、判決する。

(口頭弁論終結の日平成一〇年二月四日)

(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 合田智子 裁判官 中園浩一郎)

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